はじめに:1本の折れ線に刻まれた”指紋”
観測井に記録される地下水位は、一見するとただの折れ線である。上がったり下がったりを繰り返すだけの、退屈なグラフに見えるかもしれない。
しかしこの4回——#6 から #9 まで——で見てきたのは、その折れ線に、気圧・潮汐・降雨といった外の世界の”指紋”がびっしりと刻まれているという事実であった。そして、その指紋を丁寧に読み解けば、地面を一切掘らずとも、目に見えない帯水層の性質——水の通しやすさ、圧力の伝わる速さ、記憶の長さ——を言い当てられる。
本記事は、この時系列解析シリーズの総まとめである。個々の手法を復習するのではなく、「どんな問いに、どの道具を使えばよいのか」という判断の地図を描く。地下水位データを前にしたとき、次に何をすればよいかが分かる状態を目指す。
4つの問い、4つの道具
時系列解析というと難しく聞こえるが、実務で問われることは、突き詰めれば4つしかない。周期を見つけたいのか、時間差を測りたいのか、物性を知りたいのか、それとも将来を予測したいのか。 問いが決まれば、道具は自ずと決まる。
以下、4つの道具を、シリーズの実例とともに一つずつ振り返る。
道具① 周期を見つける — FFT・スペクトル解析
問い:この水位変動には、どんな周期が隠れているのか。
最初の一歩は、いつでもここから始まる。ごちゃごちゃした波形を、フーリエ変換(FFT)で「周期の成分」に分解するのである。すると、目では見えなかった規則的なリズム——半日周期の海洋潮汐(M2 分潮、周期 12.42 時間)、1日周期の大気潮汐(S2)、季節変動——が、スペクトル上の鋭いピークとして姿を現す。
#6 では、別府南部の不圧地下水位に含まれる気圧の周期成分を取り出した。#7 では、南大東島の淡水レンズが海洋潮汐に合わせて呼吸する様子を、FFT で主要分潮に分けて確かめた。
FFT は、すべての時系列解析の入口である。「まず何が効いているのか」を知らずに、先には進めない。
道具② 時間差と位相を測る — 相互相関・クロスウェーブレット
問い:ある信号は、別の場所へどれだけ遅れて伝わるのか。
周期が分かったら、次に知りたくなるのは「ずれ」である。海の潮汐が内陸の井戸に届くまでの遅れ、上流の水位変化が下流に伝わるまでの時間——この時間ラグを測るのが相互相関であり、その周期・位相が時間とともにどう変わるかまで追えるのがクロスウェーブレットである。
#8 では、カンボジア・トンレサップ湖の「逆流する川」を題材に、湖と河川の水位のあいだの位相の伝播を、相互相関とクロスウェーブレットで定量化した。
ラグは、ただの遅れではない。それは信号が通り抜けた媒質の性質を映す鏡である。次の道具は、まさにここを突く。
道具③ 応答から物性を引き出す — 潮汐法・気圧効果
問い:この地層は、水をどれだけ通しやすいのか。
ここが時系列解析の真骨頂である。潮汐や気圧という天然の信号源に地下水位がどう応答するか——その遅れと弱まり方——から、帯水層の物性を逆算する。
#9 では、南大東島の実データに Ferris の潮汐法を適用し、潮汐の時間ラグと振幅比から透水係数 \(K\) を、揚水試験を1本も行わずに求めた。同じ発想は気圧応答(バロメトリック効率)にも使え、被圧・不圧の判定や水理拡散係数の推定につながる。
「遠いのに弱まらない」——#9 の南大東島 MD3 井のこの一言が、透水性の高さをそのまま物語っていた。応答は物性を裏切らない。
道具④ 再現し、予測する — ラグベース重回帰
問い:外力から、地下水位そのものを再現できるか。
最後は総合である。潮汐や気圧という入力に、複数の時間ラグをもたせて重ね合わせるラグベース重回帰で、地下水位そのものを再構成する。#9 では、解析に使っていない後半の期間で R² = 0.987、地下水位を高い精度で再現できた。
ただし注意も学んだ。多重共線性のため、個々の回帰係数を物理的に解釈してはならない。モデル全体を一つの線形フィルタとして扱う——この節度こそが、データ解析を科学に留める境界線である。
三つの現場を貫く、一つの物語
別府(気圧)、南大東島(潮汐)、トンレサップ(洪水パルス)——舞台も、外力も、まるで違う。しかし、使った道具は同じである。
| 現場 | 主な外力 | 使った道具 | 読み取れたこと |
|---|---|---|---|
| 別府(#6) | 気圧 | FFT・スペクトル | 不圧地下水位に潜む周期成分 |
| 南大東島(#7・#9) | 海洋潮汐 | FFT → 相互相関 → 潮汐法 → 重回帰 | 淡水レンズの応答、透水係数、水位の再現 |
| トンレサップ(#8) | 河川・湖の相互作用 | 相互相関・クロスウェーブレット | 水位伝播の時間差と位相 |
同じ4つの道具が、地域も現象も超えて通用する。これが、時系列解析という手法のもつ普遍性である。
なぜ、これがうれしいのか
時系列解析の最大の魅力は、特別な追加調査を必要としないことにある。
揚水試験には、井戸と機材と、周辺への影響への配慮が要る。しかし地下水位の連続観測データは、多くの現場ですでに取られている。その既存のデータを”読み直す”だけで、帯水層の透水性・記憶の長さ・境界の効き方までが見えてくる。眠っているモニタリング記録が、地層を診断するカルテに変わるのである。
おわりに:データから地下水を守る
もっとも、解析は目的ではない。目的は、地下水を理解し、守ることである。
別府の温泉と冷たい地下水のバランス、南大東島という孤島でわずかに浮かぶ淡水レンズ——いずれも、使いすぎれば失われる有限の資源である。時系列解析は、その変化をいち早く、定量的にとらえる「聴診器」となる。そして、そこで得られた数字を、専門家だけの言葉に閉じ込めず、地域の人々に届く形へと翻訳すること。それこそが、データを扱う者に残された、最後の、そして最も大切な仕事だと考えている。
ここまでは「水位」という物理の物語であった。次回からは、水の中身——化学へと踏み込む。なぜ地下水は、場所によって味も成分も違うのか。主要イオン、Piper 図、そして水質の分類。河川・地下水・海水を見比べながら、水質形成のメカニズムを、PHREEQC で計算しつつ読み解いていく。
参考文献
- Ferris, J.G. (1952) Cyclic fluctuations of water levels as a basis for determining aquifer transmissibility. U.S. Geological Survey, Water Resources Division. https://doi.org/10.3133/70133368
- Yang, H., Tawara, Y., Shimada, J., Kagabu, M., Okumura, A. (2021) Large-scale hydraulic conductivity distribution in an unconfined carbonate aquifer using the ocean tidal propagation. Hydrogeology Journal, 29, 2091–2105. https://doi.org/10.1007/s10040-021-02366-4
- Yang, H., Shimada, J., Shibata, T., Okumura, A., Pinti, D.L. (2020) Freshwater lens oscillation induced by sea tides and variable rainfall at the uplifted atoll island of Minami-Daito, Japan. Hydrogeology Journal, 28, 2105–2114. https://doi.org/10.1007/s10040-020-02185-z
- Yang, H., Siev, S., Uk, S., Yoshimura, C. (2022) Relationship between water levels and flood pulse induced by river–lake interaction in the Tonle Sap basin, Cambodia. Environmental Earth Sciences, 81, 226. https://doi.org/10.1007/s12665-022-10353-5
- Larocque, M., Mangin, A., Razack, M., Banton, O. (1998) Contribution of correlation and spectral analyses to the regional study of a large karst aquifer (Charente, France). Journal of Hydrology, 205, 217–231.