地下水の年齢はどう測るのか — 同位体・トリチウム・⁸⁵Kr で読む涵養源と滞留時間|地下水科学入門 #14

地下水は「どこで生まれたか(涵養源)」と「いつ生まれたか(年齢)」を自らに刻んでいる。安定同位体 δ¹⁸O・δD と天水線、高度効果、そしてトリチウム・CFC・SF₆・⁸⁵Kr による年代測定を教科書的に整理し、熊本(Kagabu 2017)と霧島(Ide)の実例で、停滞域の水がなぜ古いのかを読む。
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地球化学
作者

DeepFlows

公開

2026年7月28日

はじめに:停滞域の”年齢”を測る

#12(フッ素)と #13(ヒ素)で、高濃度が集中したのはいずれも「滞留時間の長い停滞域」だった。水がそこに何十年もとどまり、岩石と反応し続けた結果である。では、その”何十年”は、どうやって測るのか。

地下水は、自分自身に二種類の情報を刻んでいる——どこで生まれたか(涵養源)と、いつ生まれたか(年齢)である。前者は水分子そのものの安定同位体(δ¹⁸O・δD)が、後者は大気中で濃度が変化してきた環境トレーサー(³H・CFC・SF₆・⁸⁵Kr)が教えてくれる。本記事は、この「水の時間」を読む道具を、教科書的な基礎から実例まで整理する。

#11–13 が「水が岩石と反応して味を得る(化学)」話だったのに対し、#14 は、その反応を支配する“時間”そのものを測る回である。


水の指紋:安定同位体の基礎

この章は同位体の基礎をやや詳しく解説する。既にご存じの方は §「どこで生まれたか」へ進んでよい。

同位体とは何か

同位体(isotope)とは、陽子数(=元素の種類)は同じで、中性子数が異なる原子である。水を構成する二つの元素には、それぞれ安定同位体がある。

  • 酸素:¹⁶O(存在度 99.76%)・¹⁷O(0.04%)・¹⁸O(0.20%)
  • 水素:¹H(99.985%)・²H=重水素 D(0.015%)(+放射性の ³H=トリチウム。後述)

したがって水分子の大半は軽い ¹H₂¹⁶O だが、ごくわずかに重い ¹H₂¹⁸O¹HD¹⁶O が混じっている。この「重い水」と「軽い水」の比率のわずかな違いが、水の来歴を語る指紋になる。

なぜ δ 表記か — VSMOW を基準にした相対値

¹⁸O/¹⁶O の絶対比はおよそ 0.0020 と極めて小さく、しかも試料間の差はさらにその 1000 分の 1 という微小さである。絶対値のままでは扱いにくいので、標準物質からのズレを千分率(‰)で表す。これが δ 表記である。

\[\delta = \left(\frac{R_{\text{試料}}}{R_{\text{標準}}} - 1\right) \times 1000\ (‰), \qquad R = \frac{^{18}\mathrm{O}}{^{16}\mathrm{O}}\ \text{または}\ \frac{\mathrm{D}}{\mathrm{H}}\]

  • 標準は VSMOW(Vienna Standard Mean Ocean Water=標準平均海水)。定義上、VSMOW の δ¹⁸O = δD = 0‰。
  • δ が負 = 標準(海水)より軽い(重い同位体が乏しい)。陸の降水・地下水はふつう δ が負である。
  • 例:δ¹⁸O = −8‰ とは「VSMOW より ¹⁸O/¹⁶O が 8‰(0.8%)少ない」の意味である。

同位体分別 — 重い水と軽い水は振る舞いが違う

相変化(蒸発・凝結)のとき、重い分子と軽い分子で移りやすさがわずかに変わる。これを同位体分別(fractionation)という。

  • 平衡分別:重い同位体(¹⁸O, D)は結合が強く、液相(凝結側)に残りやすく、気相(蒸発側)へ出にくい。温度が低いほど分別は大きい(温度依存)。
  • 速度論的(非平衡)分別:乾いた空気への急速な蒸発など、逆反応が追いつかないときに生じる追加の分別。湿度が低いほど大きい。後述の d-excess の源である。
  • 結果として、
    • 海から蒸発した水蒸気は、海水より軽い(¹⁶O, ¹H に富む)。
    • 雲から雨が凝結して落ちると、重い水が先に抜ける残る水蒸気はどんどん軽くなる(レイリー蒸留)。
    • だから、水蒸気が内陸・高所・高緯度へ運ばれて降水を繰り返すほど、後から降る雨は軽く(δ が負に)なる

天水線(GMWL)— 世界の降水が乗る一本の直線

Craig (1961) は、世界中の降水の δ¹⁸O と δD をプロットすると一本の直線に乗ることを見いだした。天水線(Global Meteoric Water Line, GMWL)である。

\[\delta \mathrm{D} = 8\,\delta^{18}\mathrm{O} + 10\]

  • 傾き 8 = 水素と酸素の平衡分別比を反映する(D の分別が ¹⁸O のおよそ 8 倍)。蒸発・凝結が平衡的に進む限り、両者は連動してこの傾きで動く。
  • 切片 10 = d-excess(重水素過剰, Dansgaard 1964)。定義は \(d = \delta \mathrm{D} - 8\,\delta^{18}\mathrm{O}\) で、水蒸気源の相対湿度を反映する。乾いた海域で蒸発した水ほど d が大きい。
  • 各地域の降水は、GMWL に近い地域天水線(LMWL)をつくる。そして地下水は、涵養したときの降水の δ をほぼ保ったまま(地下では蒸発分別を受けにくい)流れるので、この線の上に乗る。これが涵養源推定の土台になる。

δ を動かす「効果」(Dansgaard 1964)

降水の δ は、次の要因で系統的に変化する。いずれもレイリー蒸留(水蒸気が水を失うほど軽くなる)で理解できる。

  • 緯度効果:高緯度ほど軽い。
  • 高度効果:標高が高いほど軽い(δ¹⁸O でおよそ −0.15〜−0.5‰/100 m)。→ 涵養標高の推定に使う。
  • 内陸効果:海から遠いほど軽い。
  • 雨量効果:強い降水ほど軽い(熱帯で顕著)。
  • 季節効果:冬の降水は夏より軽い。

どこで生まれたか — 涵養源を読む(高度効果)

これらの効果のうち、地下水で最もよく使われるのが高度効果である。標高が高いほど降水の δ は軽くなるので、地下水の δ から、それがどの標高で涵養されたかを逆算できる

図 1 は、天水線と地下水の関係を示したものである。地下水(赤点)は天水線の上に乗り、涵養標高が高いほど左下(軽い側)へ移動する。一方、蒸発を受けた水は天水線から外れ、傾き 4〜5 の蒸発線に乗る。海水は δ≈0(右上)で、淡水と海水が混じれば両者を結ぶ線上に来る(#7 の淡水レンズと相性がよい)。

図 1: 天水線(GMWL)と地下水の同位体指紋。地下水(赤)は GMWL 上に乗り、涵養標高が高い・寒冷・内陸ほど軽い(左下)。蒸発を受けた水は傾き 4〜5 の蒸発線に外れ、海水は VSMOW ≈ 0(右上)。※点は説明用の代表値。

霧島の実例(Ide et al. 2016)では、湧水の δD と集水域の平均標高に明瞭な関係が見られ、涵養標高 700〜1000 m 程度の流路が主体と推定された。δ は、水が「どの高さで生まれたか」の標識になるのである。


いつ生まれたか — 地下水の”年齢”を測る

涵養源が分かったら、次は年齢である。若い地下水(数十年以内)は、大気中で時間とともに濃度が変化してきた物質を”時計”に使える。それぞれの物質は、図 2 のような固有の大気履歴を持つ。

図 2: 年代トレーサーの大気入力履歴(模式・北半球)。³H は 1963 年の核実験でピーク(ボム・トリチウム)を示し、CFC・⁸⁵Kr・SF₆ は 20 世紀後半に増加する。涵養時の大気濃度が水に記録され、時計として働く。都市部では CFC・SF₆ が人為的に汚染されるため、⁸⁵Kr がより信頼できる。
  • トリチウム ³H(半減期 12.3 年):水素の放射性同位体。1960 年代の核実験で降水中に大きなピーク(ボム・トリチウム)を残した。減衰と入力履歴から年代を推定する。
  • CFC(フロン):20 世紀後半に大気で単調に増加し、モントリオール議定書後は頭打ちになった。涵養時の大気濃度=涵養年に対応する。
  • SF₆:同様に増加してきた人工トレーサー。
  • ⁸⁵Kr(クリプトン85)(半減期 10.8 年):核燃料再処理由来で大気濃度が増えてきた。若い水(〜50 年)に強く、局所汚染の影響を受けにくいのが強みである。
重要「年齢」はモデル年齢である

これらが与えるのは、単一の絶対年代ではなく、流れの混合を含む”モデル年齢”である。井戸で汲む水は、さまざまな経路・年齢の水の混合だからだ。そこで、流動様式を仮定した集中定数モデル(LPM:ピストン流 PFM・指数混合 EMM など)を用いて平均滞留時間を推定する。得られる年代は、この仮定の上に立つ「見かけ/モデル年齢」であることを、正直に踏まえて読む必要がある。


熊本の実例 — ⁸⁵Kr で年代を測る(Kagabu et al. 2017)

熊本地域は、飲料水のほぼ 100% を地下水に頼る。Kagabu et al. (2017) は、⁸⁵Kr・CFC・SF₆・³H を同時に測定し、地域の地下水流動系の時間構造を描いた。

ここで効いたのが ⁸⁵Kr である。都市部では CFC・SF₆ が人為的に汚染されて年代が出せないなか、⁸⁵Kr はその影響を受けにくく、年代測定を可能にした(本研究の核心である)。

結果は明快だった。主要な流線 A–A′ に沿って、⁸⁵Kr 見かけ年代が、涵養域 ≈16 年 → 流出域 ≈36 年 → 停滞域 ≥55 年と増えていく(図 3)。³H の時系列を使った LPM 解析とも整合した。

図 3: 熊本 A–A′ 流線に沿う ⁸⁵Kr 見かけ年代(Kagabu et al. 2017)。涵養域 ≈16 年 → 流出域 ≈36 年 → 停滞域 ≥55 年。停滞域は、#12 のフッ素・#13 のヒ素が濃集した場所と一致する。「≥55」は検出下限による下限値。

注目すべきは、この「停滞域 ≥55 年」が、#12 のフッ素・#13 のヒ素が濃集した、まさにその場所だということである。⁸⁵Kr という独立したトレーサーが、「なぜそこで濃集するのか」に「古い水だから」という時間の答えを与えたのである。


霧島の実例 — 滞留時間の分布(Ide et al. 2016)

火山地域でも同じ考え方が使える。Ide et al. (2016) は、霧島火山群の 25 湧水について CFC 濃度を測り、指数混合流+ピストン流(EMM+PFM)を仮定した LPM で、平均滞留時間 1〜58 年を推定した。

  • 山頂付近は 10 年未満(若い水)。
  • 山麓は 10〜40 年
  • 最長は 50〜60 年で、その流動様式はピストン流(押し出し流れ)が卓越していた(※系全体としては混合流=EMM が主体であり、ピストン流卓越はこの最長流路——高千穂峰溶岩の末端——に限られる)。

滞留時間は、地形と流動様式によって決まる。高度効果(涵養標高)と組み合わせれば、「どこで生まれ、何年かけて旅したか」を一枚の地図に描ける。


時間軸としての年代 — 水質へ戻る

同位体と年代は、それ自体が目的ではない。水質という結果に「時間軸」を与えることに意味がある。

  • 水質は年齢の関数である。#12 のフッ素・#13 のヒ素は、いずれも滞留時間の長い停滞域(≥55 年)に集中した。年代は、なぜそこで濃集するのかに「時間」という答えを与える。
  • 次回への橋:Ide et al. (2018) は霧島で、涵養から約 20 年で溶存シリカが飽和し、二次鉱物がカオリナイト→Ca-スメクタイトへ相転移することを示した。滞留時間(本記事)× 水–岩石反応の”熟成”は、#15 で PHREEQC を使って追う。

まとめ

  • 地下水は、どこで生まれたか(δ¹⁸O・δD = 涵養源・高度効果)と、いつ生まれたか(³H・CFC・SF₆・⁸⁵Kr = 年齢)を、自らに刻んでいる。
  • 天水線 δD = 8δ¹⁸O + 10 の上で、地下水は涵養時の指紋を保つ。高度効果で涵養標高が、蒸発線で蒸発の履歴が読める。
  • 年代は単一値ではなく、流動様式を仮定したモデル年齢である(LPM)。この前提を正直に踏まえて読む。
  • 熊本では ⁸⁵Kr が、都市の汚染をかわして 16 → 36 → ≥55 年の時間構造を描き、停滞域=古い水を #12/#13 の濃集域と結びつけた。霧島では滞留時間 1〜58 年が地形と結びついた。
  • そして年代は、水質濃集に「時間軸」を与え、#15 の”熟成”へつながる。
ノート次回予告 — #15 湧水と滞留時間:水質はどう”熟成”するか

霧島の湧水を舞台に、滞留時間(本記事)× 水–岩石反応(PHREEQC)を掛け合わせる。Ide et al. (2018) が示した「涵養から約 20 年でシリカ飽和・二次鉱物の相転移」を、PHREEQC の反応経路で追体験する。PHREEQC が最も映える回である。


参考文献

  • Kagabu, M., Matsunaga, M., Ide, K., Momoshima, N., Shimada, J. (2017) Groundwater age determination using ⁸⁵Kr and multiple age tracers (SF₆, CFCs, and ³H) to elucidate regional groundwater flow systems. Journal of Hydrology: Regional Studies, 12, 165–180.
  • Ide, K. et al. (2016) 繰り返し採水試料の CFCs による霧島火山群湧水の滞留時間推定—Lumped parameter model による年代解析—. 日本水文科学会誌, 46(3), 213–231.
  • Ide, K., Hosono, T., Hossain, S., Shimada, J. (2018) Estimating silicate weathering timescales from geochemical modeling and spring water residence time in the Kirishima volcanic area, southern Japan. Chemical Geology, 488, 44–55.
  • Craig, H. (1961) Isotopic variations in meteoric waters. Science, 133, 1702–1703.
  • Dansgaard, W. (1964) Stable isotopes in precipitation. Tellus, 16, 436–468.
  • Clark, I. & Fritz, P. (1997) Environmental Isotopes in Hydrogeology. Lewis Publishers.
  • Cook, P.G. & Herczeg, A.L. (eds., 2000) Environmental Tracers in Subsurface Hydrology. Kluwer.
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