ケイ酸塩風化と地下水の滞留時間 — 霧島湧水の水質の”熟成”を PHREEQC で再現する|地下水科学入門 #15

地下水は「何年」で化学的に熟成するのか。火山地帯・霧島の湧水(滞留時間 1–58 年)を題材に、一次鉱物の溶解と二次鉱物(ギブサイト→カオリナイト→Ca-スメクタイト)の析出を PHREEQC で再現し、Ide et al. (2018) の公開データと符号照合する。溶存シリカが約 20 年で飽和・相転移する「熟成の時計」と、それを本当に定量するには反応輸送が要る理由までを、平衡地球化学の視点から読み解く。
水文学
水質
地球化学
風化
PHREEQC
作者

DeepFlows

公開

2026年7月29日

はじめに:水質は「年齢」の関数である

#14 で、地下水の年齢(滞留時間)をどう測るかを見た。同位体で涵養源を、トリチウムや ⁸⁵Kr で年代を読む——あの回で得たのは「水の時計」である。本記事は、その時計を化学変化の時間軸として使い直す。問いはこうである。

地下水は「何年」で化学的に熟成するのか。若い水と古い水では、水質はどう違うのか。

#11 で「雨と土壌 CO₂ が岩石を溶かす(溶解)」ことを、#12#13 で「停滞域ほど成分が濃集する」ことを見た。#15 はこれらを一本の線につなぐ。すなわち、滞留時間を横軸に、水–岩石反応の進行=水質の”熟成”を PHREEQC で追う回である。平衡計算で「熟成」を再現し、そのうえで、この系を本当に定量的に解くには何が足りないのか——反応と輸送の役割分担——まで踏み込む。舞台は、火山地帯の湧水群である霧島。素材はすべて公開データ(Ide et al. 2018 の公開テーブルと公開熱力学データベース)である。


舞台:霧島火山群の湧水

九州南部の霧島火山群は、安山岩を中心とする第四紀火山岩に覆われる。岩石の主要な苦鉄質鉱物は二つの輝石(普通輝石 augite と紫蘇輝石 hypersthene)、主要な珪長質鉱物は斜長石 plagioclase である(Ide et al. 2018)。これらの新鮮な火山岩を、雨と土壌 CO₂ を溶かし込んだ弱酸性の水がゆっくり通り抜ける。

決定的なのは、この地域では湧水ごとの滞留時間がすでに測られていることである。Ide et al. (2016) は CFCs(クロロフルオロカーボン類)の繰り返し観測と集中定数モデル(LPM)から、霧島の湧水の平均滞留時間を 1〜58 年と見積もった(Ide et al. 2016)。つまりここは、「化学変化の進み具合」と「実測の滞留時間」を突き合わせられる、稀有な天然実験場なのである。

もう一つの特徴が溶存シリカ(DSi)の高さである。霧島の湧水の DSi は 0.41–1.45 mmol/L(中央値 0.93)で、世界の河川水平均(0.158 mmol/L)の 3〜9 倍に達する(Ide et al. 2018)。火山ガラスや輝石・斜長石が活発に溶けている証拠であり、本記事の主役となる指標である。


熟成の化学:溶ける鉱物と、沈む鉱物

ケイ酸塩の風化は、二つの半過程の綱引きである。

  1. 一次鉱物が溶ける(不飽和= SI < 0)。輝石・斜長石・火山ガラスが、酸(H⁺)と水に分解し、Ca²⁺・Na⁺・Mg²⁺・溶存シリカ・アルカリ度を水に供給する。
  2. 二次鉱物が沈む(過飽和= SI > 0)。溶け出した Al と Si は、ほとんど水に残れない。粘土鉱物として再び固相へ戻る。

重要なのは、沈む二次鉱物の”種類”が、反応の進み具合とともに移り変わることである。古典的な風化の系列(Garrels & Christ 1965)はこう教える——反応初期のごく希薄な段階ではまずギブサイト(水酸化アルミニウム)が、シリカが溜まるとカオリナイトが、さらに陽イオンが溜まるとスメクタイトが安定になる。この「バトンの受け渡し」こそ、水質の熟成の指紋である。

以下、この描像を PHREEQC(データベースは llnl.dat)で二段構えに検証する。

ノートSI(飽和指数)の復習

飽和指数 SI = log(IAP/K) は、その鉱物に対して水が過飽和(SI > 0、沈殿しうる)か不飽和(SI < 0、溶けうる)かを表す。SI の詳しい意味と PHREEQC での使いこなしは、姉妹シリーズ PHREEQC をゼロから始める #10:飽和指数(SI)の使いこなし で詳説している。


再現①:湧水の飽和指数を論文と符号照合する

まず、代表的な湧水 1 試料(S-01:pH 7.1、Ca–HCO₃ 型、DSi 0.97 mmol/L)の実測全項目を PHREEQC に入れ、各鉱物の SI を計算した。狙いは、論文 Table 2 に載る同じ試料の SI と符号が一致するかを確かめることである(図 1)。

図 1: 代表的な霧島湧水 S-01 の飽和指数。左(赤)が本記事の PHREEQC 計算、右(青)が Ide et al. (2018) Table 2 の公開値。一次鉱物(輝石端成分・斜長石)はいずれも SI < 0=溶ける側、二次鉱物(カオリナイト・スメクタイト)は SI ≈ +7〜8 と大きく過飽和=沈む側。石英は過飽和・非晶質シリカは不飽和で、DSi が両者の間に収まることを示す。

結果は明瞭である。

  • 一次鉱物はすべて不飽和:Wollastonite ≈ −6.6、Ferrosilite ≈ −9.2、Enstatite ≈ −4.5、Anorthite ≈ −2.5。輝石も斜長石も溶ける側にある。
  • 二次鉱物は大きく過飽和:Kaolinite ≈ +7.5、Ca-スメクタイト ≈ +7.7。溶け出した Al・Si は粘土として沈む側にある。
  • シリカは石英過飽和・非晶質シリカ不飽和(Quartz ≈ +1.2、am-silica ≈ −0.2)。DSi は石英と非晶質シリカの飽和の間に位置する。

これらは論文値とほぼ完全に一致した(棒グラフの赤と青がほぼ同じ高さ)。とくに、微量な溶存 Al に依存するカオリナイト・スメクタイトの SI がピタリと合ったことは、入力・データベース・手順が正しいことの強い裏づけである。唯一 Albite だけ SI で約 2 のずれが残るが、これは長石端成分の熱力学データ(多形の違い)に由来する既知の系統差であり、風化の物語の骨格には影響しない。


再現②:反応経路で”熟成”を追う

SI の符号照合は「いまの水」の静的なスナップショットである。次はこれを時間方向に動かす。希薄な涵養水(雨+土壌 CO₂)に、斜長石・輝石・火山ガラスを少しずつ溶かし込み(=接触時間の代理)、そのつど二次鉱物を平衡析出させる「反応経路(reaction path)」計算である(図 2)。この手法そのものの入門は PHREEQC をゼロから始める #11:反応経路モデリング を参照されたい。

図 2: 反応経路計算による水質の”熟成”。横軸は一次鉱物の溶解量(=接触時間・滞留時間の代理)。上段:析出した二次鉱物中の Al の分配率。反応が進むにつれ ギブサイト → カオリナイト → Ca-スメクタイト と主役が入れ替わる。下段:溶存シリカ(DSi)は上昇したのち玉髄(chalcedony)飽和付近で頭打ちとなり、その後スメクタイトに取り込まれて微減する。pH は 6.3 から 7.9 へ緩やかに上昇する。

二つの読みどころがある。

(1)二次鉱物の三段リレー。 反応のごく初期(希薄・低シリカ)ではまずギブサイトが単独で沈む。シリカが溜まるとギブサイトは溶け戻り、カオリナイトへバトンを渡す。さらに陽イオン(とくに Ca・Mg)が溜まると、Ca-スメクタイトが主役になる。これは前節で触れた古典的風化系列そのものであり、論文が観測から推定した「湧水はすでにギブサイト析出を経験し、一部はカオリナイトと、より熟成した水は Ca-スメクタイトと平衡にある」という解釈(Ide et al. 2018)を、計算が下から支えている。

(2)DSi の頭打ち。 溶存シリカは反応とともに増えるが、無制限には増えない。石英〜玉髄の飽和付近で頭打ちになり、さらに反応が進むとスメクタイトの析出に Si が消費されて微減に転じる。「溶ける(Si の供給)」と「沈む(Si の除去)」の綱引きが、DSi の上限を決めているのである。ただし、この後半の減少——二次粘土が Si を吸い取る過程——と、天然の湧水が示す「シリカが石英に対して過飽和のまま留まる」という準安定は、平衡計算だけでは説明しきれない。この点は、活動度図と滞留時間を見たのちに改めて考える。

ヒントなぜ pH が上がるのか

一次鉱物の溶解は H⁺ を消費する反応(例:Anorthite + 8H⁺ → Ca²⁺ + 2Al³⁺ + 2SiO₂ + 4H₂O)である。反応が進むほど水は酸を失い、pH が上がる。土壌 CO₂ を開放系で供給し続けることで、この上昇は現実的な 7〜8 の範囲に収まる。


湧水は風化図のどこに乗るか

最後に、37 湧水すべてを活動度図(activity diagram)に載せる(図 3)。横軸に溶存シリカ、縦軸に log(aCa²⁺/aH⁺²) をとると、どの鉱物が安定かを一枚で読める古典的な図である。この図に、前節の反応経路の軌跡を重ねた。こうした溶解度ダイアグラムの描き方そのものは PHREEQC をゼロから始める #7:溶解度ダイアグラム(Gibbsite) で扱っている。

図 3: ケイ酸塩風化の活動度図。★が霧島の 37 湧水(Ide et al. 2018, Table 1)、丸が反応経路(PHREEQC)で、各点はその段階で析出している二次鉱物の色(橙=ギブサイト、緑=カオリナイト、紫=Ca-スメクタイト)で示す。厳密に引ける境界(Gibbsite│Kaolinite の垂直線、Anorthite 境界は図の上方)を実線で示した。反応経路のギブサイト点が境界の左(低シリカ側)、カオリナイト点が右に分かれ、境界と計算が整合している。

読み取れることは二つある。

縦軸では、湧水と反応経路が重なる。 37 湧水はいずれも log(aCa²⁺/aH⁺²) ≈ 8〜13 の帯に収まり、これはカオリナイト/Ca-スメクタイトが安定な領域である。反応経路の後半(緑〜紫の点)も同じ帯を通る。霧島の湧水は、まさに粘土鉱物が沈む段階の水なのである。

横軸では、湧水が反応経路より右にずれる。 天然の湧水は DSi が高く(右側)、平衡の反応経路より過飽和側に位置する。これは失敗ではなく、論文自身が指摘する現象である——天然水ではシリカが石英に対して過飽和のまま留まる(速度論的な準安定)。石英や玉髄はゆっくりとしか沈まないため、火山ガラスの溶解で供給されたシリカが高いまま維持される。図の淡い帯(石英〜非晶質シリカの間)が、この「天然の DSi 窓」を示している。

ノートモデルと現実の”ずれ”を正直に読む

平衡計算は「十分に時間が経てば到達する終点」を示す。天然水がそこからずれるとき、ずれ方そのものが情報になる。ここでの横方向のずれは、シリカ沈殿の速度論的な遅さを語っている。モデルを実測に無理に合わせ込むより、ずれの理由を読む方が、地球化学的にははるかに実りが多い。


時間の物差し:熟成は「約 20 年」で転移する

反応経路の横軸「反応進行」を、実測の滞留時間に読み替えよう。Ide et al. (2018) は、SI と活動度図の解析に滞留時間(Ide et al. 2016 の 1–58 年)を突き合わせ、DSi の飽和とカオリナイト→Ca-スメクタイトの相転移が「涵養から約 20 年」で始まると結論した。

つまり、

  • 数年の若い水:まだ希薄で、ギブサイト〜カオリナイト段階。DSi は上昇途上。
  • 20 年前後:DSi が飽和に近づき、二次鉱物がカオリナイトから Ca-スメクタイトへ移り始める。
  • 数十年の古い水:Ca-スメクタイト段階。陽イオンに富み、Ca–HCO₃ 型から Na–HCO₃ 型へと寄る。

水質は、文字どおり年齢の関数なのである。


平衡モデルの限界:なぜ DSi は年齢によらず一定なのか

平衡計算(再現②)が描くのは、「十分に時間が経てば水が到達する終点」である。だが天然の霧島湧水には、この終点論だけでは説明しにくい事実がある。DSi が滞留時間(1〜58 年)によらずほぼ一定(中央値 0.93、範囲 0.41–1.45 mmol/L)に保たれ、しかも石英に対して過飽和のままという点である。反応経路の描像に従えば、古い水ほど反応が進み、スメクタイト析出で DSi は微減していくはずだから、年齢によって DSi はもっとばらついてよい。なぜ、ほぼ一定なのか。

鍵は、この湧水系の流動様式にある。Ide et al. (2016, 2018) は CFCs の解析から、この地域の地下水は下降流の途中でよく混合し、ピストン流はごくわずかだと判断し、指数混合モデル(EMM)を主体に滞留時間を推定した。つまり湧口から出てくるのは単一の水塊ではなく、さまざまな年齢の水の混合物なのである。ここから、DSi の頭打ちは「値」と「時間発展」の二層に分けて考えると、きれいに整理できる。

なぜ約 1 mmol で止まるのか(値)。 これは化学が決める。混合は各年齢の水の DSi を加重平均するだけで、それ自体は頭打ちを作れない——最も古い端成分の水が化学的に飽和していなければ、平均もまた上がり続けてしまうからである。逆に言えば、DSi が一定値でキャップされる事実こそ、最古の水塊そのものが二次鉱物の析出で頭打ちになっている証拠である。Ide et al. (2018) はこのキャップを Ca-スメクタイトの析出に帰した。混合が主役のこの系でも(いや、混合が主役だからこそ)、DSi の上限を決めているのは化学なのである。

なぜ約 20 年でそこに達し、年齢依存に”見える”のか(時間発展)。 こちらには化学反応の速さと年齢分布(混合)の両方が効く。観測される「見かけの滞留時間 対 DSi」は、単一水塊の反応進行と年齢分布の畳み込みであって、閉鎖系の平衡計算だけでは追い切れない。

したがって、この系を本当に定量的に解くには、化学反応と物質輸送(移流・分散・混合)を連立させた反応輸送(reactive transport)モデルが要る。PHREEQC 自身も移流・分散を扱う機能を備えており、その基礎は PHREEQC をゼロから始める #12:移流分散モデル で紹介した。本記事は平衡計算にとどめたが、「平衡は終点を、輸送は”そこへ至る道”を語る」という役割分担こそ、次の一歩の出発点である。


#12・#13 とのつながり

この「時間の物語」は、水質サブシリーズ全体を貫いている。#12(フッ素)と #13(ヒ素)で高濃度が集中したのは、いずれも滞留時間の長い停滞域だった。本記事の言葉で言えば、それは「最も熟成の進んだ水」である。イオン交換で Na 型へ寄り(#12)、還元が進み(#13)、二次鉱物がスメクタイトまで熟した水——同じ一つの時間軸の上に、フッ素もヒ素も、そしてシリカと粘土の相転移も並んでいる。


まとめ

  • 火山地帯・霧島の湧水を題材に、水質の“熟成”を滞留時間の関数として PHREEQC で再現した。
  • 再現①:代表湧水の SI を計算し、一次鉱物は溶ける(SI < 0)・二次鉱物は沈む(SI ≫ 0)ことを論文 Table 2 と符号照合した。カオリナイト/スメクタイトの SI はほぼ完全一致した。
  • 再現②:反応経路計算で、二次鉱物が ギブサイト→カオリナイト→Ca-スメクタイトと三段で移り変わり、DSi が飽和で頭打ちになる「熟成」を再現した。
  • 活動度図で 37 湧水は粘土安定領域に乗り、シリカの準安定過飽和という天然特有のずれも読み取れた。
  • Ide et al. (2018) に倣えば、この熟成は約 20 年で相転移期に入る。水質は年齢の関数である。
  • ただし、DSi が年齢によらずほぼ一定に保たれる挙動は、混合が主体(ピストン流はごくわずか)なこの系を平衡計算だけでは説明しきれない。DSi の上限値は化学(Ca-スメクタイト析出)が決め、そこへ至る時間発展は反応と混合の畳み込みが決める。熟成の”終点”は平衡が、“至る道”は反応輸送(移流)が語る——それが次の一歩である。

本記事のデータ・結果はすべて公開情報(Ide et al. 2016, 2018 の公開テーブルおよび公開熱力学データベース)のみで再構成した。PHREEQC の入力デックと図の生成スクリプトは、手法の共有を目的に本文の記述に沿って設計している。

ヒント関連:姉妹シリーズ「PHREEQC をゼロから始める」

本記事で使った PHREEQC の手法は、姉妹シリーズで一つずつ丁寧に解説している。地球化学モデリングを基礎から学びたい読者は、あわせて参照されたい。


次回予告

本記事が残した宿題——化学反応と物質輸送を連立させる反応輸送(reactive transport)モデル——は、今後の回で本格的に扱う。続く #16 では、温泉・地熱の水質と高温の水–岩石反応へ進む。方解石の飽和、CO₂ と玄武岩・安山岩の反応など、これまでの低温風化とは温度の桁が変わる世界で、PHREEQC がどこまで水質を読み解けるかを見ていく(玄武岩–CO₂ 反応そのものは PHREEQC #17#18 でも扱っている)。

参考文献

  • Ide, K., Hosono, T., Hossain, S., Shimada, J. (2018) Estimating silicate weathering timescales from geochemical modeling and spring water residence time in the Kirishima volcanic area, southern Japan. Chemical Geology, 488, 44–55.
  • Ide, K. et al. (2016) 繰り返し採水試料の CFCs による霧島火山群湧水の滞留時間推定—Lumped parameter model による年代解析—. 日本水文科学会誌, 46(3), 213–231.
  • Garrels, R.M. & Christ, C.L. (1965) Solutions, Minerals, and Equilibria. Harper & Row.
  • Parkhurst, D.L. & Appelo, C.A.J. (2013) Description of input and examples for PHREEQC version 3. USGS Techniques and Methods, 6-A43.
  • 熱力学データベース:llnl.dat(Lawrence Livermore National Laboratory, PHREEQC 付属)。
← Prev 📚 シリーズ一覧へ Next →