PHREEQCをゼロから始める #2:Speciationで海水を解析する

PHREEQCのSpeciation計算を使って海水の化学種分布を求める。Na・Ca・Mg・SO₄など主要イオンの入力方法から、錯体形成・飽和指数の読み方まで丁寧に解説する。
Geochemistry
PHREEQC
Groundwater
作者

DeepFlow

公開

2026年4月8日

Speciationとは何か

前回の記事では、PHREEQCに「純水」を定義して計算を実行した。今回は実際の海水データを入力して、より本質的な計算 ── Speciation(化学種分布) ── に踏み込む。

Speciationとは、「溶液中のある元素が、どのような化学形態(化学種)として存在しているか」を計算することである。

たとえば海水中に \(\mathrm{SO_4^{2-}}\) が 2712 mg/L 含まれているとしても、そのすべてが単独の \(\mathrm{SO_4^{2-}}\) イオンとして存在しているわけではない。一部は \(\mathrm{Mg^{2+}}\) と錯体(\(\mathrm{MgSO_4}\))を形成し、別の一部は \(\mathrm{Na^+}\)\(\mathrm{NaSO_4^-}\) を形成している。

Speciationが必要な理由

鉱物の溶解・沈殿を判断する「飽和指数(SI)」は、溶液中のイオン活量(activity)で計算される。 活量は単純な濃度とは異なり、錯体形成やイオン強度の影響を受ける。 Speciationはこの活量を正確に求めるための計算である。


海水の化学組成

今回使用する海水データを以下に示す。これは教科書的な平均海水組成である。

成分 化学式 濃度 (mg/L) 備考
ナトリウム Na 10768 最多の陽イオン
カリウム K 399.1
カルシウム Ca 412.3 炭酸塩鉱物に関係
マグネシウム Mg 1291.8 SO₄と錯体形成
塩化物 Cl 19353 最多の陰イオン
重炭酸 HCO₃⁻ (Alkalinity) 141.682 AlkalinityとしてHCO₃-で入力
硫酸 SO₄ 2712 複数の錯体を形成
硝酸 NO₃ 0.29 微量
Fe 0.002 極微量
ケイ素 Si 4.28 SiO₂として存在

pH は 8.22、温度は 25℃、密度は 1.023 g/cm³ である。


PHREEQCへの入力手順

① SOLUTIONアイコンをクリック

前回同様、画面左のアイコンバーから SOLUTIONアイコンをクリックする。SOLUTION設定ウィンドウが開く。

② pH・pe・温度を入力

ウィンドウ上部のフィールドに以下を入力する:

pH
8.22
pe
8.451
Temperature
25 ℃
density
1.023

③ 濃度の単位を ppm に変更

デフォルトの単位は mmol/kgw であるが、今回のデータは mg/L(≒ ppm)単位なので変更が必要である。ウィンドウ内の単位選択ドロップダウンから ppm を選ぶ。

重要単位の確認は必須

PHREEQCで最もよくあるミスが単位の入れ間違いである。mg/L のデータを mmol/kgw で入力すると計算結果が数桁ずれる。必ず入力前に単位を確認すること。

④ 各成分にチェックを入れて濃度を入力

ウィンドウ下部に元素のリストが表示される。使用する元素にチェックを入れ、右側のフィールドに濃度を入力する。

ノートAlkalinity の特別な扱い

HCO₃⁻(重炭酸イオン)は HCO3 ではなく Alkalinity として入力する。その際、単位欄に as HCO3- と記入することで、PHREEQCが正しく炭酸系の計算を行う。

Alkalinity   141.682   as HCO3-

PHREEQCコード

GUIで入力した結果、以下のコードが自動生成される。直接テキストエリアに貼り付けて実行することもできる。

SOLUTION 1  Seawater
    temp      25
    pH        8.22
    pe        8.451
    redox     pe
    units     ppm
    density   1.023
    Na        10768
    K         399.1
    Ca        412.3
    Mg        1291.8
    Cl        19353
    Alkalinity 141.682  as HCO3-
    S(6)      2712         # SO4²⁻ は S(6) で入力
    N(5)      0.29         # NO3⁻ は N(5) で入力
    Fe        0.002
    Si        4.28
    -water    1  # kg

END
ノートS(6)N(5) の書き方

PHREEQCでは硫酸(\(\mathrm{SO_4^{2-}}\))は元素 S ではなく酸化数を指定して S(6) と書く。同様に硝酸(\(\mathrm{NO_3^-}\))は N(5) と書く。これにより、還元型の \(\mathrm{S^{2-}}\)(硫化物)や \(\mathrm{NH_4^+}\)(アンモニア)と区別する。


計算の実行

コードを入力(またはGUIで設定)したら、END を追加してから Run → OK をクリックする。保存ダイアログでは作業フォルダを選択してファイル名(例:seawater_speciation.pqi)を入力し、Start → Dismiss で完了である。


結果(Output)の読み方

溶液の基本情報

Outputの冒頭に溶液の概要が表示される:

----------------------------Description of solution----------------------------

                                       pH  =   8.220
                                       pe  =   8.451
      Specific Conductance (µS/cm,  25°C)  =   52634
                        Density (g/cm³)    =   1.02282
                     Activity of water     =   0.981
                 Ionic strength (mol/kg)   =   6.748e-01
                       Mass of water (kg)  =   1.000
                             ...

Ionic strength(イオン強度)= 0.665 mol/kg ── これは非常に高い値である。淡水の地下水では 0.001 mol/kg 以下のことが多い。海水のようにイオン強度が高いと、各イオンの活量係数(γ)が大きく1からずれるため、Speciation計算の意義が大きい。

Activity of water = 0.981 ── 純水では 1.000 であるが、海水では溶質の影響で水の活量が下がる。そのため、蒸気圧が低下し、海水の蒸発の駆動力が小さくなる。要するに、「海水は蒸発しにくい」という理由の一つであろう。


化学種分布(Species distribution)

Outputの中盤に各元素の化学種分布が表示される。SO₄を例に見てみよう:

                                               Log       Log       Log    mole V
   Species          Molality    Activity  Molality  Activity     Gamma    cm³/mol

S(6)          2.926e-02
   SO4-2           1.432e-02   2.604e-03    -1.844    -2.584    -0.740     17.49
   MgSO4           7.170e-03   8.375e-03    -2.144    -2.077     0.067      5.84
   NaSO4-          6.637e-03   4.482e-03    -2.178    -2.349    -0.171     21.21
   CaSO4           9.548e-04   1.115e-03    -3.020    -2.953     0.067      7.50
   KSO4-           1.756e-04   1.186e-04    -3.755    -3.926    -0.171     34.85

SO₄²⁻ の化学種分布(計算値)

SO₄²⁻
49%
MgSO₄
25%
NaSO₄⁻
23%
CaSO₄
3%

SO₄²⁻ のMolality = 1.432e-2, Activity = 2.60e-3から、活量係数(γ)は ~ 0.18である。これはSO₄²⁻ の化学的有効性が低下したことを示す。一方、全硫酸の約51%はイオン対で存在する。


飽和指数(Saturation Index)

Outputの後半に Saturation Indices セクションが現れる:

-------------------------------Saturation indices-------------------------------

  Phase               SI   log IAP   log K(T, P)

  Anhydrite        -0.93     -5.20   -4.28  CaSO4
  Aragonite         0.61     -7.73   -8.34  CaCO3
  Calcite           0.75     -7.73   -8.48  CaCO3
  Chalcedony       -0.52     -4.07   -3.55  SiO2
  Chrysotile        3.36     35.56   32.20  Mg3Si2O5(OH)4
  CO2(g)           -3.39     -4.86   -1.47  CO2
  Dolomite          2.39    -14.70  -17.08  CaMg(CO3)2
  Fe(OH)3(a)        0.18      5.07    4.89  Fe(OH)3

飽和指数(SI)の読み方:

\[SI = \log \frac{IAP}{K_{sp}}\]

SI値 意味 鉱物の挙動
\(SI > 0\) 過飽和 沈殿する方向
\(SI = 0\) 平衡 溶解も沈殿もしない
\(SI < 0\) 不飽和 溶解する方向

考察:海水の地球化学的意味

今回のSpeciation計算から以下のことが読み取れる。

① 方解石(Calcite)は過飽和(SI = 0.86)

海水は方解石に対して過飽和であり、熱力学的には沈殿が起きる方向にある。実際に熱帯の浅海では方解石・アラゴナイトの生物起源炭酸塩が大量に沈殿している。

② 硬石膏(Anhydrite)・石膏(Gypsum)は不飽和

SI がそれぞれ −0.82、−0.59 であり、通常の海水では硫酸塩鉱物は沈殿しない。蒸発が進んで濃縮されると SI が上昇し、最終的に蒸発岩(石膏など)として沈殿する。

③ ドロマイト(Dolomite)は大過飽和(SI = 2.07)

熱力学的には強く過飽和であるが、現代の海水ではドロマイトはほとんど沈殿しない。これは反応速度論的な制約(動力学的障壁)があるためで、地球化学の「ドロマイト問題」として知られる。PHREEQCは熱力学的平衡を計算するが、反応速度は考慮しない点に注意が必要である。

ヒントSpeciationで押さえるべき3つのポイント
  1. 単位の確認 ── ppm / mmol/kgw を間違えない
  2. Alkalinity の入力方法 ── as HCO3- を忘れずに
  3. SIの読み方 ── 正が沈殿方向、負が溶解方向

次回予告:MixingとEQUILIBRIUM_PHASES

次回は2つの水を混合する Mixing 計算と、鉱物との平衡を計算する EQUILIBRIUM_PHASES を組み合わせる。具体的には、石膏(Gypsum)と硬石膏(Anhydrite)を純水に加えて温度を上昇させると何が起きるか ── を計算する。25℃から75℃への加熱で石膏と硬石膏のどちらが安定かが逆転する興味深い現象を見ていこう。


参考文献(References)

Appelo, CAJ, と Dieke Postma. 2005年. Geochemistry, groundwater and pollution. Second. Balkema, Rotterdam, p. 634.
Parkhurst, David L, と CAJ Appelo. 2013年. Description of input and examples for PHREEQC version 3—A computer program for speciation, batch-reaction, one-dimensional transport, and inverse geochemical calculations. US Geological Survey Techniques; Methods, book 6, chap. A43, 497 p.
Yamamoto, S. 1983年. Method of the groundwater survey. Kokon Shoin, Tokyo (in Japanese), 490 p.
Yang, Heejun, T Mishima, S Katazakai, と M Kagabu. 2023年. 「Analytical approach using a chemical equilibrium formula and geochemical modeling for alkalinity measurements of small natural water samples」. Applied Geochemistry 148: 105535.

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