はじめに:PHREEQCが「裏で」やっていること
これまでの玄武岩-CO2 反応シリーズ(#17 CarbFix 再現、#18 Satake et al. 2025 再現)では、反応速度論(KINETICS)を用いて「一次鉱物がどれくらいの速さで溶けるか」を追いかけてきた。しかし、溶け出したイオンからどの二次鉱物が実際に析出するのか——Calcite なのか、スメクタイトなのか、ゼオライトなのか——を決めているのは、速度論ではない。その判定はすべて、データベースに書かれた一つの数字、平衡定数(equilibrium constant)の対数 log K が担っている。
PHREEQC の EQUILIBRIUM_PHASES に鉱物名を並べるだけで、ソフトウェアは「この溶液から出る/出ない」を自動で判定してくれる。しかしその内部では、log K を使ったギブス自由エネルギーの比較が黙々と行われている。本稿の目的は、このブラックボックスを手計算で開くことである。log K さえ読めれば、鉱物どうしの「勝ち負け」は紙と鉛筆で説明できる。
題材には、すでに本シリーズで公開した2つの再現研究——Satake et al. (2025) (Satake ほか 2025年) の玄武岩バッチ反応(250℃)と、Gysi (2017) (Gysi 2017年) に基づく CarbFix 型の滴定モデル——の結果をそのまま使う。使用する log K はすべて公開データベース Thermoddem (Blanc ほか 2012年) の値である。
1. 平衡定数とギブス自由エネルギー — たった一本の親方程式
まず、すべての出発点となる関係式を示す。ギブス自由エネルギー(Gibbs free energy、ギブズの自由エネルギーとも表記される)\(\Delta G^\circ\) と平衡定数 \(K\) は、次の一本で結ばれている。
\[ \Delta G^\circ = -2.303\,RT \log K \]
\(\Delta G\) は「その反応が下り坂か上り坂か」を表すエネルギーである。マイナスなら下り坂(自発的に進む)、プラスなら上り坂(進まない)。ここで \(2.303\,RT\) は「log K が 1 変わると、エネルギーが何 kJ 動くか」の換算係数であり、温度で決まる。
| 温度 | \(2.303\,RT\)(log K 1単位あたりの kJ/mol) |
|---|---|
| 25 ℃ | 5.71 |
| 100 ℃ | 7.14 |
| 250 ℃ | 10.02 |
握っておくべき符号のルールはこれだけである。
- log K プラス → ΔG マイナス → 下り坂・安定(その向きに進む)
- log K マイナス → ΔG プラス → 上り坂・不安定(進まない)
この一本さえあれば、エネルギーも、どちらの鉱物が安定かも、すべてここから計算できる。
2. log K の正体 — 「平衡での活量の比」
平衡定数 \(K\) とは、「平衡に達したときの、生成物の活量を反応物の活量で割った比」である。活量(activity)は、いわば「効きめの濃度」と考えればよい。
ここで決定的に重要なルールが一つある。純粋な固体(鉱物)と水は、活量 = 1 と置く。純物質だからである。したがって、式の中で固体と水は「1」になって消える。
石英(Quartz)で一歩ずつ見てみよう。Thermoddem に書かれた溶解反応と log K は次の通りである。
Quartz(alpha): SiO2 + 2H2O = H4SiO4 log K = -3.734
この平衡定数を、定義どおり「生成物の活量 ÷ 反応物の活量」で、いったんすべて書き出してみる。反応 \(\mathrm{SiO_2 + 2H_2O = H_4SiO_4}\) の生成物は \(\mathrm{H_4SiO_4}\)、反応物は \(\mathrm{SiO_2}\) と \(\mathrm{H_2O}\) である。
\[ K = \frac{a(\mathrm{H_4SiO_4})}{a(\mathrm{SiO_2}) \cdot a(\mathrm{H_2O})^2} \]
ここで、先ほどのルールを使う。\(\mathrm{SiO_2}\) は純粋な固体なので \(a(\mathrm{SiO_2}) = 1\)、水も \(a(\mathrm{H_2O}) \approx 1\)。分母がまるごと 1 になって消えるので、
\[ K = a(\mathrm{H_4SiO_4}) = 10^{\log K} = 10^{-3.734} \approx 1.8 \times 10^{-4} \]
つまり「石英と平衡にある水に溶けているシリカ(\(\mathrm{H_4SiO_4}\))の活量は \(1.8 \times 10^{-4}\)」という意味であり、これが石英の溶解度である。log K は、こうした具体的な平衡の数字を裏に持っている。
pH が効く鉱物 — Calcite
次に、pH に依存するタイプを見る。Calcite の溶解反応は次の通りである。
Calcite: CaCO3 + H+ = Ca2+ + HCO3- log K = 1.847
同じように平衡定数を書き出す。反応 \(\mathrm{CaCO_3 + H^+ = Ca^{2+} + HCO_3^-}\) の生成物は \(\mathrm{Ca^{2+}}\) と \(\mathrm{HCO_3^-}\)、反応物は固体 \(\mathrm{CaCO_3}\) と \(\mathrm{H^+}\) である。
\[ K = \frac{a(\mathrm{Ca^{2+}}) \cdot a(\mathrm{HCO_3^-})}{a(\mathrm{CaCO_3}) \cdot a(\mathrm{H^+})} = \frac{a(\mathrm{Ca^{2+}}) \cdot a(\mathrm{HCO_3^-})}{a(\mathrm{H^+})} \]
固体 \(\mathrm{CaCO_3}\) は 1 で消えるが、今度は分母に \(a(\mathrm{H^+})\) が残る。ここが Quartz との決定的な違いで、pH に効く仕掛けである。
これを飽和指数(saturation index, SI)の形——「今の水」の活量積 IAP と K の比の対数 \(\mathrm{SI} = \log(\mathrm{IAP}/K)\)(詳しくは §3)——で書き下し、pH の定義 \(-\log a(\mathrm{H^+}) = \mathrm{pH}\) を使うと、
\[ \mathrm{SI} = \log a(\mathrm{Ca^{2+}}) + \log a(\mathrm{HCO_3^-}) \underbrace{-\,\log a(\mathrm{H^+})}_{=\,+\mathrm{pH}} - 1.847 = \log a(\mathrm{Ca^{2+}}) + \log a(\mathrm{HCO_3^-}) + \mathrm{pH} - 1.847 \]
つまり pH は SI の中に「係数 +1」でそのまま入る。pH が 1 上がると SI が 1 上がる(= 10 倍 過飽和側へ動く)。これが「Calcite は pH で析出する」の正体である。
たとえば \(a(\mathrm{Ca^{2+}}) = a(\mathrm{HCO_3^-}) = 10^{-3}\) と置くと \(\mathrm{SI} = \mathrm{pH} - 7.847\) となり、pH を動かすだけで析出の可否が反転する。
| pH | SI = pH − 7.847 | 挙動 |
|---|---|---|
| 6 | −1.85 | 未飽和 → Calcite が溶ける |
| 7 | −0.85 | まだ未飽和 |
| 8 | +0.15 | 過飽和 → Calcite が析出 |
| 9 | +1.15 | 強く過飽和 → さらに析出 |
玄武岩-CO2 系で、CO2 が消費されて pH が上がると Calcite が析出するのは、まさにこの仕組みである。
3. IAP と SI — 「今の水」は平衡からどれだけズレているか
\(K\) は「平衡での」比であった。これに対し IAP(イオン活量積, ion activity product) は、同じ式に「今の溶液の」活量を入れた積である。式の形は \(K\) と同じで、中身が「平衡の値」か「今の値」かの違いだけである。その2つの比の対数が SI である。
\[ \mathrm{SI} = \log \left( \frac{\mathrm{IAP}}{K} \right) \]
- SI > 0:今の水が平衡より濃い → 過飽和 → その鉱物が析出する
- SI = 0:ちょうど平衡(飽和)
- SI < 0:今の水が薄い → 未飽和 → 出ない(あれば溶ける)
数字で一度やってみる。石英の平衡は §2 で \(K = 10^{-3.734}\) と分かった。いま、ある水のシリカ活量が \(a(\mathrm{H_4SiO_4}) = 10^{-3.0}\) だったとする(平衡より濃い)。IAP は同じ式に「今の値」を入れるだけなので \(\mathrm{IAP} = 10^{-3.0}\)。すると、
\[ \mathrm{SI} = \log\frac{\mathrm{IAP}}{K} = \log 10^{-3.0} - \log 10^{-3.734} = (-3.0) - (-3.734) = +0.734 \]
SI > 0 なので過飽和、石英が析出する。\(10^{+0.734} \approx 5.4\) なので、今の水は平衡の約 5.4 倍濃い、という意味である。(log の割り算が「指数の引き算」になるのが計算のコツである。)
SI はエネルギーにも直せる。これも親方程式の仲間である。
\[ \text{析出の駆動力} = 2.303\,RT \cdot \mathrm{SI} \]
SI を見たときの読み方の順序を、一枚の図にまとめておく。まず符号(±)で出る/出ないを見て、次に \(10^{\mathrm{SI}}\) で「何倍ズレているか」、最後に \(2.303\,RT \times \mathrm{SI}\) で「何 kJ か」を読む。
4. 反応を「組み合わせる」技 — Hess の法則
ここからが本丸である。鉱物どうしを比べるとは、反応を足し引きして log K を足し引きすること、ただそれだけである。ルールは3つ。
| 反応にする操作 | log K は… |
|---|---|
| 反応を 逆向き にする | 符号を反転(+ ↔︎ −) |
| 反応を n 倍 する | n 倍 する |
| 反応を 足す | 足す(K は掛け算 = log は足し算) |
最後に、両辺に同じ顔で出ている物質を消す。基本形として、Anorthite(灰長石)が Kaolinite(カオリナイト)に変わる反応を組んでみる。材料は Thermoddem の 25℃ 溶解反応である。
(1) Anorthite + 8H+ = 2Al3+ + Ca2+ + 2H4SiO4 log K = +24.235
(2) Kaolinite + 6H+ = 2Al3+ + 2H4SiO4 + H2O log K = +6.483
狙いは、Anorthite と Kaolinite を1本の式にまとめることである。そのために \((2)\) を逆向きにし(log K の符号を反転して \(-6.483\))、\((1)\) とそのまま足し合わせる。
(1) そのまま : Anorthite + 8H+ = 2Al3+ + Ca2+ + 2H4SiO4 (+24.235)
(2) 逆向き : 2Al3+ + 2H4SiO4 + H2O = Kaolinite + 6H+ (-6.483)
──────────────────────────────────────────────────────────────
足し合わせ : Anorthite + 8H+ + 2Al3+ + 2H4SiO4 + H2O
= 2Al3+ + Ca2+ + 2H4SiO4 + Kaolinite + 6H+
次に、左右に同じ顔で出ている物質を1つずつ消していく。
- \(2\mathrm{Al^{3+}}\) … 左に2個・右に2個 → 消える
- \(2\mathrm{H_4SiO_4}\) … 左に2個・右に2個 → 消える
- \(\mathrm{H^+}\) … 左に8個・右に6個 → 差し引き 左に2個だけ残る
消し終えると、次の1本が残る。
\[ \text{Anorthite} + 2\mathrm{H^+} + \mathrm{H_2O} = \text{Kaolinite} + \mathrm{Ca^{2+}} \]
log K は、使った向きのまま足すだけである(\((1)\) そのままの \(+24.235\) と、\((2)\) を逆向きにした \(-6.483\) を足す)。
\[ \log K = 24.235 - 6.483 = +17.75 \]
log K = +17.75、すなわち \(\Delta G^\circ(25℃) = -2.303\,RT \times \log K \approx -5.71 \times 17.75 \approx -101\) kJ/mol の猛烈な下り坂である。Anorthite の Al は、喜んで Kaolinite に落ちる。
5. 例B:これが CO2 固定そのもの — Anorthite + CO2 → Calcite + Kaolinite
CarbFix や Satake の研究が狙う「CO2 の鉱物固定」を、log K の言葉で書いてみよう。材料に CO2 の溶解反応と Calcite を加える。
(1) Anorthite + 8H+ = 2Al3+ + Ca2+ + 2H4SiO4 +24.235
(2) Kaolinite + 6H+ = 2Al3+ + 2H4SiO4 + H2O +6.483
(3) Calcite + H+ = Ca2+ + HCO3- +1.847
(4) CO2 + H2O = HCO3- + H+ -7.821
今度は4本を組み合わせる。目標は、Anorthite・CO2・Calcite・Kaolinite だけを残し、途中のイオンをすべて消すことである。\((1)\) はそのまま、\((2)\) と \((3)\) は逆向き、\((4)\) はそのまま、として並べて足す。
(1) そのまま : Anorthite + 8H+ = 2Al3+ + Ca2+ + 2H4SiO4 (+24.235)
(2) 逆向き : 2Al3+ + 2H4SiO4 + H2O = Kaolinite + 6H+ (-6.483)
(3) 逆向き : Ca2+ + HCO3- = Calcite + H+ (-1.847)
(4) そのまま : CO2 + H2O = HCO3- + H+ (-7.821)
左右で消える物質を、順に確認する。
- \(2\mathrm{Al^{3+}}\)(左右2個ずつ)、\(2\mathrm{H_4SiO_4}\)(左右2個ずつ)、\(\mathrm{Ca^{2+}}\)(左右1個ずつ)、\(\mathrm{HCO_3^-}\)(左右1個ずつ) … すべて 消える
- \(\mathrm{H^+}\) … 左は \((1)\) の8個、右は \((2)(3)(4)\) の \(6+1+1=8\) 個 → ちょうど相殺
- \(\mathrm{H_2O}\) … 左に \((2)\) と \((4)\) の計2個が残る
残るのは、まさに CO2 固定の反応そのものである。
\[ \text{Anorthite} + \mathrm{CO_2} + 2\mathrm{H_2O} = \text{Calcite} + \text{Kaolinite} \]
log K は、4つを符号どおり足すだけ(\((1)\) は+、\((2)(3)(4)\) は−)。
\[ \log K = 24.235 - 6.483 - 1.847 - 7.821 = +8.08 \]
\(\Delta G^\circ(25℃) \approx -5.71 \times 8.08 \approx -46\) kJ/mol の下り坂である。一次鉱物 Anorthite が CO2 を Calcite として固定し、残った Al は Kaolinite になる。熱力学的には確実に進む反応であることが、紙の上で分かる。
実データによる裏づけ(Satake et al. 2025 再現)
これは机上の計算にとどまらない。#18 の Satake et al. (2025) 再現モデル(利尻島玄武岩、250℃)を、二次鉱物の飽和指数を出力する設定で回すと、Calcite は反応開始から約 4〜5 日目に SI = 0 に到達し、そのまま析出を続けた(最終 \(2.0 \times 10^{-4}\) mol)。
紙の計算と PHREEQC の答えが一致する
log K の足し引きが示した「Anorthite + CO2 → Calcite は下り坂」という結論は、そのまま PHREEQC の数値実験でも再現された。Calcite の SI がマイナスからゼロへ立ち上がり、以降ゼロに張り付く(=溶出と析出が釣り合う)挙動は、下の図の黄色の線である。log K が正しく「下り坂」と言った反応は、実際に進むのである。
6. 例C:炭酸塩の勝敗 — Dolomite = Calcite + Magnesite
CO2 固定では、Calcite だけでなく Dolomite(ドロマイト)や Magnesite(マグネサイト)も候補になる。どれが出るのか。これも log K の引き算で見える。
(1) Dolomite + 2H+ = Ca2+ + Mg2+ + 2HCO3- +3.533
(2) Calcite + H+ = Ca2+ + HCO3- +1.847
(3) Magnesite(Natur) + H+ = Mg2+ + HCO3- +1.415
Dolomite を Calcite と Magnesite に分ける式を作る。\((1)\) そのまま、\((2)\) と \((3)\) を逆向きにして足す。
(1) そのまま : Dolomite + 2H+ = Ca2+ + Mg2+ + 2HCO3- (+3.533)
(2) 逆向き : Ca2+ + HCO3- = Calcite + H+ (-1.847)
(3) 逆向き : Mg2+ + HCO3- = Magnesite + H+ (-1.415)
左右で \(\mathrm{Ca^{2+}}\)・\(\mathrm{Mg^{2+}}\)・\(2\mathrm{HCO_3^-}\)・\(2\mathrm{H^+}\) がすべて相殺し、固体だけが残る。
\[ \text{Dolomite} = \text{Calcite} + \text{Magnesite} \] \[ \log K = 3.533 - 1.847 - 1.415 = +0.27 \]
log K = +0.27、\(\Delta G^\circ \approx -1.5\) kJ/mol。ほぼ拮抗である。Dolomite と「Calcite + Magnesite の組」の安定性の差は、わずか数 kJ しかない。これほどの僅差であるため、実際にどちらが出るかは溶液の組成に強く依存する。
Satake 再現モデル(250℃)の最終状態を見ると、この僅差が現実にどう転ぶかが分かる。
| 鉱物 | 最終 SI | 挙動 |
|---|---|---|
| Calcite | 0.00 | 析出(\(2.0 \times 10^{-4}\) mol) |
| Dolomite | −0.79 | 未飽和・析出せず |
| Magnesite(Natur) | −0.57 | 未飽和・析出せず |
この系では Calcite が勝ち、Dolomite と Magnesite は飽和に届かなかった。炭酸塩トラップの主役が Calcite になる、という結果には、こうした log K レベルの拮抗と、溶液の Mg 供給の少なさが効いている。
7. 例D:スメクタイトの競合 — 勝敗を分けるのは「元素供給」
二次鉱物の中でも、スメクタイト(膨潤性粘土)の競合はやや込み入っている。ここでは Satake 再現モデルの実測 SI 推移を使い、「なぜあるスメクタイトは出て、別のスメクタイトは出ないのか」を追う。
まず、3つのスメクタイト端成分の組成(Thermoddem)を比べる。
Saponite(FeMg) : Mg0.17 Mg2 Fe1 Al0.34 ... log K = 26.022 ← Fe を含む
Saponite(Mg) : Mg0.17 Mg3 Al0.34 ... log K = 28.810 ← Fe を含まない
Montmorillonite(HcMg) : Al1.4 Mg0.9 ... log K = 5.996 ← Al を多く使う
Saponite(FeMg) と Saponite(Mg) は、Fe を含むか否かだけが違う(一方は Mg の一部が Fe に置き換わっている)。この一点が、勝敗を決定的に分ける。
図を時間で追うと、次の物語が読める。
- 反応初期(〜1日):すべての鉱物が未飽和(SI < 0)。まだ何も出ない。
- 約1.6日目:Saponite(FeMg) が最初に SI = 0 に到達し、析出を開始する。一次鉱物 Fayalite(\(\mathrm{Fe_2SiO_4}\))が溶けて Fe を供給するため、Fe を要求する Saponite(FeMg) の材料が揃うのである。
- 約9日目:遅れて Montmorillonite(HcMg) が SI = 0 に到達し、以降こちらが主役になる(最終 \(9.8 \times 10^{-3}\) mol)。溶液に Al が十分あるため、Al を多く使う Montmorillonite でも飽和に届く。
- 一方 Saponite(Mg) は、SI ≈ −1.5 のまま一度も析出しない。組成がほぼ同じ Saponite(FeMg) が出るのに、なぜこちらは負けるのか。
答え:勝敗を分けたのは Fe の供給である
Saponite(FeMg) と Saponite(Mg) の違いは Fe の有無だけである。この系では Fayalite が溶けて Fe を供給するため、Fe を取り込める Saponite(FeMg) は飽和に達し、Fe を使えない Saponite(Mg) は——log K だけ見れば 28.810 と Saponite(FeMg) の 26.022 より大きい(=一見安定に見える)にもかかわらず——材料の組み合わせが揃わず、SI が負のまま出られない。
「どの相が出るか」は、log K の大小だけでは決まらない。その相が要求する元素が、実際に溶液に供給されているかが効く。これは本シリーズを貫く「二次鉱物の顔ぶれは元素供給で決まる」という主題そのものである。
8. 例E:ゼオライトと「水の活量」 — Laumontite と Wairakite
CarbFix 型の低温モデル(#17)では、終盤にゼオライトが問題を起こす。ゼオライトは、供給される陽イオンだけでなく 水そのものの活量 \(a(\mathrm{H_2O})\) に支配される点が特徴的である。これを Laumontite(ローモンタイト)と Wairakite(ワイラカイト)で見る。両者は骨格 \(\mathrm{Ca(Al_2Si_4)O_{12}}\) が同じで、結晶に取り込む水の数だけが違う。
Laumontite … ·4H2O Wairakite … ·2H2O
したがって Ca・Al・Si の供給では両者の勝敗は決まらない。決めるのは水の活量である。これを式で確かめよう。両者の溶解反応(Thermoddem、25℃)を材料に、\((1)\) そのまま・\((2)\) 逆向きで足す。
(1) そのまま : Laumontite + 8H+ = 2Al3+ + Ca2+ + 4H4SiO4 (+11.695)
(2) 逆向き : 2Al3+ + Ca2+ + 4H4SiO4 = Wairakite + 8H+ + 2H2O (-14.444)
左右で \(2\mathrm{Al^{3+}}\)・\(\mathrm{Ca^{2+}}\)・\(4\mathrm{H_4SiO_4}\)・\(8\mathrm{H^+}\) がすべて相殺し、水だけが残る。
\[ \text{Laumontite} = \text{Wairakite} + 2\mathrm{H_2O} \] \[ \log K = 11.695 - 14.444 = -2.75 \quad (25℃) \]
この反応の平衡定数は、固体の活量を 1 と置くと生成物側の水だけが残り、\(K = a(\mathrm{H_2O})^2\) となる。両者が釣り合う「水の活量のしきい値」は、\(K = a(\mathrm{H_2O})^2\) を \(a(\mathrm{H_2O})\) について解いて求まる。
\[ a(\mathrm{H_2O}) = 10^{\,\log K / 2} = 10^{-2.75/2} \approx 0.042 \quad (25℃) \]
25℃ では、しきい値はわずか 0.042 である。ふつうの希薄な水(\(a(\mathrm{H_2O}) \approx 1\))はこれをはるかに上回るので、Laumontite が圧倒的に安定になる。温度を上げると脱水 log K は上昇し、しきい値も上がる。PHREEQC で各温度の脱水 log K を計算すると、次のようになる。
| 温度 | 脱水 log K | しきい値 \(a(\mathrm{H_2O})\) | 純水(\(a\approx1\))での安定相 |
|---|---|---|---|
| 25 ℃ | −2.75 | 0.042 | Laumontite |
| 100 ℃ | −1.54 | 0.17 | Laumontite |
| 200 ℃ | −0.39 | 0.64 | Laumontite |
| 250 ℃ | +0.17 | 1.21(>1) | Wairakite |
このしきい値(表の3列目)を、温度を横軸・水の活量を縦軸にして描くと、どちらのゼオライトが安定かを一目で読める「相図」になる。境界線(黒)が、いま計算したしきい値である。
この図の読み方は「今の水がどの領域にいるか」を見るだけである。脱水 log K の数字を直接読む必要はない。
- 縦軸の位置を決める — このシリーズで扱う地下水は希薄なので \(a(\mathrm{H_2O}) \approx 1\)、すなわち図のいちばん上(緑の太線)にいる。
- その線がどの色の領域を通っているかを見る — 低温側では、緑線は境界線よりずっと上、つまり Laumontite(青)の領域を走っている。だから低温では Laumontite が安定で、Wairakite は出ない。
- 温度を右へたどる — 温度が上がると境界線がせり上がってきて、約 235℃ で緑線(a≈1)と交差する。ここから先、緑線は Wairakite(橙)の領域に入る。つまり 純水でも 235℃ を超えると Wairakite に変わる。
この約 235℃ という値は、Liou (1971) (Liou 1971年) の実験による相境界(約 230℃)とほぼ一致する。Wairakite を低温で出す唯一の方法は、緑線を下げること、すなわち 水の活量を下げる(高塩濃度・蒸発・脱水)ことである。低温の CarbFix 系でゼオライトの取り扱いが難しいのは、この水の活量による微妙な綱引きが背後にあるためである。
9. 【別軸】「出ない」にはもう一種類ある — 速度論の壁
ここまでの例(例D の Saponite(Mg)、例E の Wairakite)は、いずれも材料の元素は溶液にあるのに飽和に届かない、すなわち熱力学(SI)の負けであった。しかし「出ない」には、もう一つ別の種類がある。材料そのものが溶液に供給されない場合である。
| 「出ない」のタイプ | 判定に使うもの |
|---|---|
| ① 材料はあるが飽和しない(熱力学) | \(\mathrm{SI} = \log(\mathrm{IAP}/K)\)(= log K の世界) |
| ② 材料が供給されない(速度論) | 溶解速度(KINETICS)。log K では決まらない |
②は、#18 で導入した有効反応表面積(RSA)や、#17 の玄武岩ガラスの溶解速度が支配する世界である。ある元素の供給源となる一次鉱物が速度論的に「固く」溶けにくければ、その元素を要求する二次鉱物は、log K がどれだけ大きくても飽和に届かない。Lasaga (1984) (Lasaga 1984年) が示したように、二次鉱物の生成は一次鉱物の溶解に律速される。
「出ない」を見たら、まず問う — 材料は溶液に来ているか?
来ていれば、勝負は SI(log K)の世界である。来ていなければ、それは速度論(KINETICS)の話であり、いくら反応を組んで log K を出しても答えは変わらない。この2つの軸を切り分けることが、地球化学モデルの結果を「読む」うえで決定的に重要である。
10. 使い回せる手順書
最後に、鉱物どうしの安定性を log K で比べるときの手順をまとめておく。
- 関係する鉱物の 溶解反応と log K をデータベース(
.dat)から書き出す。 - 作りたい式 を決める(なるべく固体+水だけ、または固体+CO2 など)。
- 組む:逆向き=符号反転/n倍=n倍/足す=log K を足す。
- 両辺の 同じ物質を消す(イオン・H+・H4SiO4 など)。
- 残った式の log K の符号を読む:+=生成物が安定(下り)/−=反応物が安定。
- kJ に直す:\(\Delta G^\circ = -2.303\,RT \times \log K\)(25℃で 5.71、100℃で 7.14、250℃で 10.02)。
生の log K を直接比べてはいけない
付録の表を見て「Quartz は −3.7、Anorthite は +24.2 だから Quartz が安定」と考えるのは誤りである。反応式ごとに H+ の数(8個 vs 2個)も Si の数も違うので、生の log K は別々のものさしなのである。鉱物どうしを比べるときは、必ず §4 の手順で両者を1本の反応式にまとめ(= Al3+ や H+ を消し)てから比べること。消えて初めて、同じ土俵の比較になる。
そして、「この溶液から実際に析出するか?」の最終判定は log K ではなく SI(=モデル出力の活量が必要)で行う。本稿の例B〜Dで実データの SI を参照したのは、このためである。
付録:本稿で使った Thermoddem の log K(25℃、溶解反応)
すべて公開データベース Thermoddem (Blanc ほか 2012年) の値である。
| 鉱物 / 種 | 溶解反応 | log K |
|---|---|---|
| Anorthite | CaAl2Si2O8 + 8H+ = 2Al3+ + Ca2+ + 2H4SiO4 | 24.235 |
| Kaolinite | Al2Si2O5(OH)4 + 6H+ = 2Al3+ + 2H4SiO4 + H2O | 6.483 |
| Quartz(alpha) | SiO2 + 2H2O = H4SiO4 | −3.734 |
| Calcite | CaCO3 + H+ = Ca2+ + HCO3- | 1.847 |
| Dolomite | CaMg(CO3)2 + 2H+ = Ca2+ + Mg2+ + 2HCO3- | 3.533 |
| Magnesite(Natur) | MgCO3 + H+ = Mg2+ + HCO3- | 1.415 |
| CO2 溶解 | CO2 + H2O = HCO3- + H+ | −7.821 |
| Laumontite | Ca(Al2Si4)O12·4H2O + 8H+ = 2Al3+ + Ca2+ + 4H4SiO4 | 11.695 |
| Wairakite | Ca(Al2Si4)O12·2H2O + 8H+ + 2H2O = 2Al3+ + Ca2+ + 4H4SiO4 | 14.444 |
| Saponite(FeMg) | (Fe を含む端成分) | 26.022 |
| Saponite(Mg) | (Fe を含まない端成分) | 28.810 |
| Montmorillonite(HcMg) | (Al を多く使う端成分) | 5.996 |
※ この生 log K は、そのまま鉱物間で比較しないこと(§10)。比較は §4 の手順で反応を1本作ってから行う。
References
※本記事で参照した飽和指数(SI)は、既刊 #18(Satake et al. 2025 再現)の公開済みモデルに、化学条件を一切変えず SI 出力のみを追加して取得したものである。使用した log K はすべて公開データベース Thermoddem の値である。



