はじめに-なぜこの反応?
地下水の水質形成において、最も基本的かつ重要な反応が カルサイト(方解石)とCO₂水の反応である。
雨水が土壌を通って地下に浸透するとき、土壌中のCO₂を吸収して弱酸性になる。その酸性水が炭酸塩岩(石灰岩など)と接触すると、カルサイトが溶解してCa²⁺とHCO₃⁻が水中に溶け出す。これが多くの地下水が「硬水」になる理由である。
しかし、この反応の進み方は 系(System)がCO₂に対して「開いているか」「閉じているか」 で大きく異なる。
反応の化学式
まず反応の全体像を整理しておこう。
CO₂の溶解:
\[\mathrm{CO_2(g) + H_2O \rightleftharpoons H_2CO_3^* \rightleftharpoons H^+ + HCO_3^-}\]
カルサイトの溶解:
\[\mathrm{CaCO_3 + H^+ \rightleftharpoons Ca^{2+} + HCO_3^-}\]
全体の反応(開放系):
\[\mathrm{CaCO_3 + CO_2(g) + H_2O \rightleftharpoons Ca^{2+} + 2HCO_3^-}\]
開放系では、CO₂が補給され続けることで左から右への反応(溶解)が促進される。閉鎖系では、溶解したCO₂が限られるため反応が止まりやすく、最終的なpHが高くなる。
CO₂分圧の設定
土壌中のCO₂分圧は大気の約30〜100倍に達することが多い。今回は代表値として:
\[P_{CO_2} = 10^{-1.5} \approx 0.032 \text{ atm}\]
を使用する。これは石灰岩地帯の土壌で典型的な値である(大気の \(10^{-3.5}\) atm の約100倍)。
PHREEQCでは CO₂ガスは CO2(g) という名前で呼ぶ。EQUILIBRIUM_PHASESブロックで CO2(g) -1.5 と書くことで、\(\log P_{CO_2} = -1.5\) の条件(= \(10^{-1.5}\) atm)を指定できる。
計算シナリオの構成
| シナリオ | CO₂条件 | カルサイト条件 | PHREEQCブロック |
|---|---|---|---|
| 開放系 | CO₂(g) と常に平衡 (P = 10⁻¹·⁵ atm) |
Calcite(SI=0, 10 mol) | SOLUTION 1 EQUILIBRIUM_PHASES 1 (CO2+Calcite同時) |
| 閉鎖系 | まず CO₂(g) と平衡 → その後ガス遮断 |
別のEQ_PHASESで Calcite のみと平衡 |
SOLUTION 2 EQUILIBRIUM_PHASES 1 SAVE → USE EQUILIBRIUM_PHASES 2 |
GUI操作手順
開放系の設定
Step 1: SOLUTIONアイコンから純水(SOLUTION 1)を定義する。
Step 2: EQUILIBRIUM_PHASESアイコンをクリックし、以下を設定する:
CO2(g):SI目標値 = -1.5、Amount = 10Calcite:SI目標値 = 0、Amount = 10
CO2(g) -1.5 は「\(\log P_{CO_2} = -1.5\)(つまり \(P_{CO_2} = 10^{-1.5}\) atm)と平衡になるまでCO₂を溶かし込む」という指示である。開放系ではCO₂が常にこの分圧に保たれる。
Step 3: END を入力して計算実行。
閉鎖系の設定
閉鎖系は2段階に分かれる。
Stage 1:CO₂を溶解させる(ガスあり)
SOLUTION 2 を定義したあと、EQUILIBRIUM_PHASES でCO₂のみと平衡させ、SAVE solution 2 で水の状態を保存する。
Stage 2:カルサイトと反応させる(ガスなし)
USE solution 2 で保存した水を呼び出し、新しいEQUILIBRIUM_PHASESでカルサイトのみと平衡させる。ここにCO₂は含めない。
PHREEQCコード(完全版)
# ===================================
# 開放系(Open system)
# CO2とCalciteを同時に平衡させる
# ===================================
SOLUTION 1 Open system - Pure water
temp 25
pH 7
pe 4
redox pe
units mmol/kgw
density 1
-water 1 # kg
EQUILIBRIUM_PHASES 1
CO2(g) -1.5 10 # log P(CO2) = -1.5 atm, 常にCO2補給
Calcite 0 10 # カルサイトと平衡
END
# ===================================
# 閉鎖系(Closed system)
# Stage 1: まずCO2を溶解させる
# ===================================
SOLUTION 2 Closed system - Pure water
temp 25
pH 7
pe 4
redox pe
units mmol/kgw
density 1
-water 1 # kg
EQUILIBRIUM_PHASES 1
CO2(g) -1.5 10 # CO2のみと平衡(カルサイトなし)
SAVE solution 2 # CO2溶解後の水を保存
END
# ===================================
# 閉鎖系 Stage 2:
# CO2遮断後にカルサイトと反応させる
# ===================================
USE solution 2 # 保存した水を呼び出す
EQUILIBRIUM_PHASES 2
Calcite 0 10 # カルサイトのみと平衡(CO2ガスなし)
END
SAVE と USE の使い方
SAVE solution 2 は計算途中の水の状態(pH・各イオン濃度・温度など)をメモリに保存する命令である。USE solution 2 でその保存された状態を呼び出して、続きの計算ができる。閉鎖系のように「段階的な反応」を表現するときに必須のコマンドである。
結果の読み方
計算が完了すると、2つのシナリオのOutputを比較できる。
開放系の結果(SOLUTION 1 after)
pH = 6.97
Ca²⁺ (mol/kgw) = 2.39e-03
HCO₃⁻ (mol/kgw) = 4.88e-03
Calcite SI = 0.00 ← 平衡状態
CO2(g) SI = -1.5 ← CO2(g)は入力条件の通り、-1.5
閉鎖系の結果(SOLUTION 2 after Stage 2)
pH = 7.68
Ca²⁺ (mol/kgw) = 9.94e-04
HCO₃⁻ (mol/kgw) = 1.99e-03
Calcite SI = 0.00 ← 平衡状態
CO2(g) SI = -2.58 ← CO2は不飽和(ガスなし)
2ケースの比較
| 項目 | 開放系 | 閉鎖系 |
|---|---|---|
| 最終 pH | 6.97 | 7.68 |
| Ca²⁺ 濃度 | 2.39×10⁻³ mol/kg ≈ 96 mg/L |
9.94×10⁻⁴ mol/kg ≈ 40 mg/L |
| HCO₃⁻ 濃度 | 4.88×10⁻³ mol/kg | 1.99×10⁻³ mol/kg |
| カルサイト溶解量 | 多い(約2.5倍) | 少ない |
| CO₂(g) SI | -1.5(入力条件) | −2.58(CO₂消費) |
考察
① なぜ開放系のpHが低いか
開放系では CO₂ が常に \(P_{CO_2} = 10^{-1.5}\) atm に保たれる。カルサイトが溶けて H⁺ が消費されても、ガス相からCO₂が追加供給されて H⁺ が再生成される。このため酸性が維持され、カルサイトの溶解が促進される。最終的なCa濃度は 2.39×10^-3 mol/kgw と、閉鎖系よりも多く溶解している。
\[\mathrm{CO_2(g) \rightarrow CO_2(aq) \rightarrow H^+ + HCO_3^- \xrightarrow{Calcite} Ca^{2+} + 2HCO_3^-}\]
② なぜ閉鎖系のpHが高いか
閉鎖系では Stage 1 で溶解したCO₂の量が上限である。カルサイト溶解で H⁺ が消費される。しかし、閉鎖系であるため新たなCO₂の供給がないため反応が止まる。そのため、溶液中のCO₂は急速に消費され、pHが上昇する。
③ 地下水への適用
現実の地下水は、その流れの段階によって変わる:
- 土壌帯(浅部):土壌CO₂が豊富で常に補給される → 開放系に近い
- 深部帯水層:岩盤に囲まれてCO₂の補給がない → 閉鎖系に近い
このため、地下水は深くなるにつれてpHが上昇し、カルサイトに対して過飽和になりやすい。洞窟環境では、この地下水が大気中へ流出する際にCO₂が脱ガスし、カルサイトが沈殿して鍾乳石(スタラグマイト)を形成する。
④ 反応の進み方の違いをまとめると
次回予告:炭酸地下水と海水の混合
次回は 炭酸地下水(石灰岩地帯の地下水)と海水が混合したとき に何が起きるかを計算する。
単純に2つの水を混ぜただけでは、混合水がカルサイトに対して不飽和になる(溶解方向になる)という「混合腐食(mixing corrosion)」という現象が起きる。石灰岩の洞窟形成にも関わるこの現象を、PHREEQCのMixingとEQUILIBRIUM_PHASESを組み合わせて再現していこう。
参考文献(References)
このシリーズの他の記事:
- #1 インストールと最初の計算
- #2 Speciationで海水を解析する
- #3 MixingとEQUILIBRIUM_PHASES
- #4 カルサイト−CO₂水反応(本記事)
- #5 炭酸地下水と海水の混合
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